2018年02月06日

我が追憶のキング・クリムゾン

 え゛、大仁田じゃないの?と後編を楽しみにしてくれていた皆さん(いるのか?)その日に書きたくなったことを書くのがブログのいいところ(^_^)/ というわけで今回はキング・クリムゾン。

 実はプログレは結構好きなのである。自分で歌う、とか歌いたい、とかとはちょっと違うから、自分が聴く音楽のジャンルとしては何か深奥にあるものがあるのかもしれない。
 で、キング・クリムゾン。実はえらく好きだったりするのだが、やはりずっと聴いているのは60年代、初期の展開だったりするのだが。よーするにこれね↓

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 この辺はありとあらゆるところで語りつくされていたりするので、今回はもう全く私的にいきたい。プロレスと同じくそれが浪漫というものだ。

 なんつっても、当時のファースト・トラックの邦題「21世紀の精神異常者」は凄すぎた。これ、いま、書いて大丈夫なんかな?とも思うけど、あまたの手塚治虫作品のように当時の表現を大事にしたい。言葉狩り、になってはならぬと思うからだ。
 1969年、かのビートルズのアビィ・ロードをヒットチャートから蹴落とした、というのが当時の煽り文句だったが…コテコテのビートルズ・ファンではない俺にとって、このジャケットと邦題…なんじゃこりゃ?というのが本音だったよね。
 実は最初に聴いたのは大田図書館で借りたベストアルバム「新世代への啓示」だった。だから「エピタフ」とかの抒情的なトラックの印象が強くて、このファースト・アルバムを買った時の衝撃たるや、あなた(^_^;)

 当時おそらくヘビィ・メタルという言葉はまだなかったと思うが、明らかにゆがみまくったギター・サウンドに、これ一体何の音なんだ?という音が絡みまくっている。当時高1だった俺はそれがメロトロンという楽器であることすら知らなかった。

 そしてグレッグ・レイクのファズ・ボーカル。これなんだ?でも、妙に引き込まれる。グレッグ・レイクは、どちらかというと好きなタイプのシンガーではないのだが、ピート・シンフィールドが描く詩の世界を見事に音像化していた。やはりこりゃあれだな、やっとジョン・ウェットンが観られる!と勢い込んで行ったASIAの武道館で、突如ウェットンの代わりに加入したグレッグがクソ下手な「ヒート・オブ・ザ・モーメント」を歌ってるのを見て愕然とした、というのがあまり良い印象を持たせてないからに違いない。

 なんかよくわからんが、惹き込まれる。これってエヴァンゲリオンつい観ちゃうのと同じ感覚だと思うのは、俺だけだろうか?ただ、このマイケル・ジャイルスの、明らかにジャズがかってるけど、性格無比なドラミングが巧妙なビート感を呼んでいる。たからいわゆるフリー・ジャズとはまた違い、ロックなのだ。ドラマーとしてはビル・ブラッフォードのほうが、明らかにテクニカルで上手いんだけど、でも、このアルバムはマイケル・ジャイルスなんだと思う。そしてイアン・マクドナルドの、のちにフォリナーを結成してしまう音楽性。つまり、ここに御大ロバート・フリップが入ることで成し得る、奇跡の五人なのだ。当時、このメンバーは、いわゆる仲良しグループではないのだけれど、お互いを認め合っていたそうだ。音楽性に共通項はあるものの、かなりずれている。この「ずれ」が奇跡的な、複合と感性の極致を創りだしたのだと感じる。

 さて、ここまでが前説なんだが(爆)最近、ウォークマンでヘビィ・ローテーションしてるのは…70年代キング・クリムゾン。「太陽と戦慄」である。「スターレス・アンド・バイブル・ブラック」である。とにかくジョン・ウェットンである。なんだこの重低音は?というベースを歪みまくらせて、しかし正確無比に弾きまくり、そして、あの、俺の大好きな、ジェントルなディープ・ヴォイスを響かせる。そしてビル・ブラッフォードである。かのイエスの「危機」「こわれもの」を支えた、一体どうやって、どのタイコを叩いてんだ?と全くわからぬドラミング。この二人のリズム・セクションは、初期UKにも引き継がれるが、最強だと思う。御大ロバート・フリップは「アイランズ」期の緩々な演奏がイヤだったのだろう、楽しそうに?でも、全く笑顔なんか見せていないに違いないが(笑)ギターを弾きまくっている。そしておまけにデビッド・クロス(失礼)でもこの人いないと「後期」クリムゾンじゃないんだよな。

 この70年代の、第一活動期の後期クリムゾンが、日本人にはいちばん人気があるのだそうだ。そりゃそうだろう。ずげえバンドバンドしてるもん。
 だから、俺はこの編成でやってるライブ盤「USA」が大好きだった。だってウェットンがあの声で「21世紀の精神異常者」歌うんだぜ。でもあの曲はやはりレイクか(どっちなんだ)
 そして「イージー・マネー」(なんだか知らんがフェイドアウトする)に「アズベリー・パーク」での延々続くインプロビゼイション。ぐるぐると、脳髄を、神経をかきまわされる気がする。

 80年代になり、第二活動期でなんと来日、しかも場所は五反田ゆうぽうとホール。なんでこんなせまいとこでやるんだ、って思ってたが、まあ地元にクリムゾンが来てくれるなんて、打ち上げどこでやるんだろう、と駆けつけたら…そう、ここにジョン・ウェットンとデビッド・クロスがいてくれたらなあ、って思ってたら…エイドリアン・ブリューが底抜けに明るい顔して「あぁかぁ〜」とか言いながら「RED」歌うわけですよ。「まあって、くださあい〜」とか。あまりのずっこけぶりに、こちらが待ってほしかった(笑)

 というわけで、最近聞きまくってます、第一活動期後期、通称「RED」クリムゾン。これが肌身に合うってことは…病んでんのかなあ、俺。ちょいと自覚はあるけど。

 でも「混沌こそわが墓碑銘」、「一瞬の光さえ届かぬ崇高な闇」だからな。

※今回、プロレス記事以上にわけわかんない人にはわけわかんないと思います。ひらにご容赦を。

これもつづく?

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posted by ジェイソン國分 at 23:56| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月04日

我が追憶の大仁田厚vs長州力 なんとか中編

※前回の続きです。いやー、プロレスの神が呼んどるんだなー(^_^;)

 「大仁田なんてポンコツは五分で終わらせてやるよ」と豪語していたくせに大仁田をピンフォールできなかった佐々木健介に張り手をかました長州力が送り込む次なる使者は…(初期の仮面ライダーの予告みたいだなー(^_^))と業界が注目するなか、なんと自ら「あんなものはヒールではない。俺が黙らせてやる」と名乗りを上げたのは…黒のカリスマ、蝶野正洋!

 蝶野正洋は当時天山広吉〔「探偵はBARにいる」とかに出てますなー〕と蝶天タッグとしてヒールとして名を馳せた後、超ヒール軍団NWOジャパン〔アメリカのリーダーはかのハルク・ホーガン。今でいうと、内藤哲也のロス・インゴブレス・デ・ハポンだよなー〕のリーダーとして、文字通りカリスマ的人気を誇っていた。

 しかも、「あいつの得意なリングでやってやるよ」と、なんと大仁田が主張する電流爆破マッチを受託。要するに、かの新日で電流爆破が観られるわけである…嬉しい(爆)

 この頃、大仁田は自分で主催する「大仁田興行」を別にやっており、ドームの真横にある後楽園ホールで、毎回有刺鉄線デスマッチを行なっていた。そして、そこには、テレビで大仁田信者になった若者たち…メガネを掛けて、バックパックを担いだ、そう、後楽園よりアキバが似合いそうな子たちが「邪道・大仁田厚」などと書いた幟をもって集結するようになる。

 そして、試合が終わると…

「俺は!俺は!弱い!でも見ていろ、必ず長州力を復帰させて戦ってやるんじゃ!」

「新日本はな、あんなでかい東京ドームでやっている。それにくらべて、俺はここ、後楽園ホールでやるのが精一杯じゃ!でも見ていろ、精一杯な俺がやる、胸いっぱいのプロレスを!」

と、後楽園ホール裏の非常階段で叫びまくる。この裏手がちょうどドームになるんだよね。これをひとは大仁田劇場、と呼ぶようになるのである。

 そして迎えたvs蝶野正洋戦。なんと場所は再び東京ドーム、あのドームのど真ん中に電流爆破のリングがしつらえられる…と思いきや、センターのリングの横に専用のリングが…ドームは屋内なので、消防法の関係もあるといえばあるのだが。しかも試合は第ゼロ試合。つまり、正式の試合としてカウントしないのだ。

 そして、東京ドームに響き渡るワイルド・シング! 大仁田信者が掲げる幟の中を、不敵にタバコを吸いながら〔実は師匠はタバコ吸わない(^_^;)〕パイプ椅子を背負い、邪道革ジャンを纏い、プロレス者ひろやすが指摘した通り、なにやら不敵な笑みを浮かべている大仁田。煙草を吸うな!という新日側の要望に対し、「佐々木健介は俺に勝てなかった。だから、新日が灰皿を用意しろ!」とよくわかんない要求(^_^;)
 これに対し、新日は畳二畳ぶんぐらいのブリキの灰皿を用意。これをドームの花道沿いに、大仁田の歩に合わせて移動させるのである。この灰皿移動はヤングライオンがやってたが、あれ誰だったんだろうなー。いまメイン級の誰かなんだろーなー。やるせなかったろうなー。

 先に登場した大仁田は、にやにやと入場口を睨みつける。でもそこに登場した蝶野正洋はなんと、入場口から真黒のハマーを自分で運転して登場!口には葉巻が…これだよこれ!大仁田がタバコなら俺は葉巻だ!この感性こそがプロレスなのだ。
 黒ずくめの、サングラスがこれほど似合う男はいないだろう。その蝶野が、有刺鉄線の前に立つ。身震いしたのを覚えている。

 試合形式は「ノーロープ有刺鉄線電流爆破デスマッチ」!この名フレーズを当時新日の看板リングアナだったケロちゃん(カエルさん(弾き語り)ではない)が朗々と読み上げる…う、嬉しい(^_^)
 
 試合開始。なんと蝶野正洋は大仁田にヤクザキックをゴング前に放ち、有刺鉄線に頭から突っ込んだ大仁田は火花と轟音、煙に包まれる。しかし大仁田も蝶野を突っ込ませ、2人とも計3回ずつ、爆破。
 そしてダブルノックアウト。

 ここで、新日本ファンが信じられない光景が。
 先に立ち上がった蝶野は、大仁田の腕を掴んで引き起こし、なんと自分の革ジャンを肩にかけてやるのだ。

 そしてあくる日の後楽園で行われた記者会見。珍しくニコニコしている大仁田に、マナベアナウンサーが聞く。

「大仁田さん、試合は引き分けだったのに…何かいいことがあったんですか?」

 師匠は答える。

「これから友達が来るんだ。早くこないかな、新しい友達」

そう、その時ドアを開けて入ってきたのは…

蝶野正洋!!

 無言でサングラスも外さぬまま、大仁田と握手する蝶野。
仰天の蝶野大仁田組は、そのあと新日本を荒らしまくることになる。

「俺はなあ、カッコばっか付けてる新日の正規軍の奴らより、大仁田の魂に惚れたんだよ!」

 か、カッコいいぞ、蝶野(^_^)

 そして蝶野と組み始めた、と同時に、その蝶野正洋はNWOと袂を分かち、チーム2000という新ヒールチームを結成する。タッグパートナーは野上彰。彼は蝶野の同期だが、ずっと燻ってた。こういうところに蝶野の侠気を感じる。その後野上は俳優と兼業になり、あの「仮面ライダークウガ」で、グロンギのズ集団を純粋にチカラだけで束ねるズ・ザインダ〔要するにサイ男〕を好演し、オダギリジョーをリフトアップする。

 話が逸れた(^_^;)蝶野がNWOを離れた、ということは、NWOのタッグパートナーであった、そう、あの男と敵対することになるのだ!

 …グレート・ムタ!

 天才・武藤敬司のアメリカ遠征時代のもうひとつの姿で、忍者殺法と毒霧でWCWのチャンピオンにまで上り詰めた大ヒール。アメリカのプロレスファンには最も有名な日本人だろう。

 大仁田は叫んだ。

「ようし、俺がムタの相手を呼んでやるよ。友だち〔蝶野〕は新日正規軍を相手にしててくれ」

 そして登場したのが、しかも大阪湾のヘドロの中から奇声を発して上がってくるという…とんでもねー登場をしたのが…その名も、グレート・ニタ!

 …誰の化身かは言うまでもない(爆)

 ここまでくるとあほらしくなってくるのが一般的感性であるが(爆々)、ここでは大槻ケンヂ氏の名言を引用して拙文を締めたい。

「グレート・ムタとグレート・ニタのどっちが強いかなんて誰も気にしてないんだよ!でもそこに夢をみるのがプロレスファンなんだ!」

きっと続く(^_^;)

<ジェイソン國分 ミニ・ライブ・リポート>

2018.2.3 木更津MICK
ミック・フォーク・ジャンボリー

1.知識〔吉田拓郎〕
2.誰かが風の中で〔上條恒彦〕

ゲストギター・古山としひこ

撮影・ユモトケンタ

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<ジェイソン國分 今後のライブ>

お詫び…2018.2.6(火)
横浜野毛サムズバーでのマサ中山ヴォーカルセッションには、都合により出演できなくなりました。マサ中山は、予定通りイベントを行います。皆さん、お越しください。

@2018.2.10(土)
東京神田某所
「富津」ひみつ集会(爆)

A2018.2.11(日)
黄金町はつこひ市場

B2018.3.3(土)
木更津羽鳥野みなのば「ピーナツ・カフェ」

C2018.3.16(日)
蒲田オッタンタ
池タコライブ56
ジェイソン國分&ザ・ソウルキッチン 登場! 

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posted by ジェイソン國分 at 23:40| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月30日

我が追憶の大仁田厚vs長州力 いちおう前編

 無性にプロレスについて語りたいときがある。大仁田師匠について、最近とある人から「長州力と闘ったんですか?」と質問を受けた。

 あれからもう20年経ってることになる。でも、あの光景はまざまざと思い出される。
今日は「プロレスを語る」わけだから、敢えて師匠、ではなく大仁田厚、と呼び捨てにしたい。

 そして、盟友SHINの言葉を借りるまでもなく、プロレスは浪漫なのだから、ネットで細かく事実だけを追ってくのは愚の骨頂である。そんなのは「あちら側」のやることだ。「大仁田vs長州」という言葉から、俺の脳内を駆け巡る光景を書くことこそが、プロレスの醍醐味を伝えることになるのではないか。

 自分で作ったFMWで大ブレイクし、有刺鉄線が代名詞になった大仁田、かのハヤブサさんとの引退試合(ノーロープ有刺鉄線金網電流爆破時限爆弾デスマッチ)でキッチリ引退するはずだった。そのままプロデュースに専念…しないのがこの人で(^_^;)宿敵であったミスター・ポーゴの引退試合に相手としてポーゴ自身から指名される、というカタチ(こういうのをプロレス用語でアングルという)で、駒沢体育館(もちろん行った(^_^;)で一夜限りの復帰をする。筋金入りの大仁田信者を自認するこの俺でさえも、駒沢の夜に響き渡るワイルドシングにいささかの違和感を感じたものである。
 ところが1試合、にならないのがこの人で(^_^;)なし崩しにFMWに復帰してしまうのだ。その当時、Fの実権を握っていたのはサムソン冬木。最終的に川崎球場で一騎打ちを行い、そこで辛勝し、大仁田は叫ぶ。

「俺は、俺は、俺は!インディー代表として、新日本プロレスに殴り込む!」

 そして長州戦への長い道が始まるのである。この日まで、まさか、あの新日がいくらなんでも受けねえだろう、と思っていた。

 その翌月、新日本に乱入の形で登場した大仁田はパイプ椅子を振り回し、毒霧を吐いて若手数人をギタギタにする。
 そして叫んだ。「お前らメジャーはぬくぬくとした環境で試合してるんだろう!俺たちはな!俺たちはな!いつもこんな試合をしてるんじゃあ!」

 その頃、長州力は引退していて、新日本のブッキングマネージャーをやっていたわけで。このとき、リングサイドに登場し、歩み寄ろう、リングに入ろうとする大仁田に、
「またぐなよ!またぐなよ!」と滑舌悪く恫喝する。
そう、これが芸人・長州小力の持ち芸なのである(^_^;)いま、本家を知らない人多いんだろうなー。

 そして、長州が「やれるもんならやってみろ!」と組んだ試合が…

vs佐々木健介!そして場所は東京ドーム!当時新日本は年4回!ドーム興行をやっていた。

 佐々木健介といえば…今では北斗晶の尻にしかれる良い人だが、当時は闘魂三銃士〔武藤敬司、蝶野正洋、橋本真也〕に次ぐ4番目の男として、新日本のストロングスタイルを体現していた。

 どー考えても大仁田に勝ち目はない。

そして…ドームの花道を邪道革ジャンに身を包み、くわえ煙草でパイプ椅子を担いで歩く大仁田に、新日本ファンから「帰れ!」「新日本をなめるな!という罵声とともに、ビールの紙コップやペットボトルが乱れ飛ぶ。

…そこをたった一人で歩く大仁田。

 そして試合は…健介のバックドロップやブレーンバスター、そして近距離のラリアットを受け切り、それでもノックアウトされない。

「俺は馬場さんに受けを教わってきたんじゃあ!」

 ラストは場外でイスで滅多打ち、恒例のゼミテーブルにサンダーファイアーパワーボムを放ち、さらには長州の顔面にビッグ・ファイアー…

 レフェリー・山本小鉄の采配により、リングアウト無効試合。

 退場時、変わらずモノが乱れ飛ぶが、コメント会場についた大仁田は、マイクを向けた若手アナウンサー、マナベくんを振り回し、

「俺は!俺は!俺は!弱いんじゃあ!でも見たか!佐々木健介は俺をノックアウト出来なかった!」

「いまテレビを見てる、いじめられっ子諸君!俺を見ろ!俺は弱くても!絶対!」

「絶対!絶対!負けないんじゃあ!」

痺れるぜ、師匠(T_T) あ。やはり師匠とよんでしまう(^_^;)

…きっとつづく

posted by ジェイソン國分 at 23:51| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする