2015年01月01日

ブラック・シープ・オブ・ザ・ファミリー

 新年あけましておめでとうございます。

 新春吉例、干支に絡むロックバンドについて語ろう、と思ったんだが(^_^;)、一昨年の巳年=ホワイトスネイク、昨年の午年=ワイルドホーシズ、ときて、まあ、検索かければなんか出てくるんだろうけど…俺が「羊」と聞いてアタマに浮かぶのは表題の曲。かのリッチー・ブラックモアが第三期ディープ・パープルで演ろうとしてメンバーに大反対され、アタマに来て…まーそれまで諸々といろんなことがあってイライラしてたんだとは思うけど(^_^;)このクォーターマスの曲でソロ・シングルの制作を企図。レコーディングに際してパープルの前座バンドだったエルフを招き、ボーカリストであるロニー・ジェイムス・ディオとはカップリング曲の「16世紀のグリーンスリーヴス」も共作した。この出来が予想以上に良いと感じたブラックモアは、録音したこのテイクを利用し、アルバムを完成させようと方針を変更。1975年4月のパリ公演を最後にリッチーはデイープ・パープルから脱退。8月には同作品がリッチー・ブラックモアズ・レインボーのデビュー・アルバムとしてリリースされたという…まあ、あんま元旦にはふさわしくなさそうなエピソードなんだが(^_^;)

 でも、この曲がなければ、かの“様式美”のパープルに対し“芸術”と称されるレインボーは生まれなかったわけだし、この「苦しみの中からの新しい生誕」はこの時代こそ大事なことだと思うんだ。
 リッチーはパープル脱退に際して「“黒い羊”は私だったんだよ」という有名な科白を吐いているが、あの不機嫌そうな黒装束のギタリストも、仲間外れになってて実はけっこう辛かったんじゃないか、と想像しているんだが。でも、そのあとのレインボーの世界制覇はご存じの通りだ。パープル出身者で、パープル時代のナンバーに頼らず音楽活動をやっているのはリッチーとデビット・カヴァーディル師匠だけだよね。

 俺のフェイバリット漫画家である山田怜司氏の「文筆」作品に「非属の才能」という本がある。この骨子は「世間はさまざまな『これをやっとかなきゃダメ』とか『この仲間にいなきゃダメ』とかプレッシャーをかけてくる。これを“同調圧力”と呼びたいが、世の中でその道の第一人者は、この同調圧力に屈しない、いわゆる“へそ曲がり”が多い」ということだ。
 この論説には俺はたいへん“共感”する(^_^;)。とくに俺のオモテの仕事場ではこの同調圧力は正直言って数しれない。でも、みんなとおんなじことやってりゃヒトは幸せになれるかというと、その場では安心するかもしれないが、ホントの幸せは得られない気がする。

 いま、子どもたちや若者たちはこの同調圧力がきっとキツイんだろうな、と想像する。でも、負け惜しみじゃなくて、自分の信じる道を突き進んでいると必ず「ツワモノ」(@よしもとばなな)に出会える。ま、俺も50越してからやっとそう思えてきたんだけどね(^_^;)

 今年はもっともっと“ブラック・シープ”で在り続け、迷える“黒い羊”たちと“同調”ではない“共感”を深める一年にしようと思う。

 元旦なんでちょっとマジに考えてみた(^_^)

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posted by ジェイソン國分 at 22:06| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする